一般社団法人 国際観光政策研究所 Cosmopolitan Tourism R&D Org

構想6年・・・2018年「11月」日本で初めての

インバウンド市場対策セミナー講座が開催されました。

◆ダウンロード版ご利用上のご注意◆

6/19.20 京都大学経営管理大学院・ハラールセミナーレジュメダウンロード 

サービスは終了いたしました。沢山のダウンロード誠に有り難うございました。

(注意) 本セミナー資料の外部への流出は厳にお断りいたしております。​

ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。アンダーライン「著作権に関する考え方」リンク

国際観光政策研究所のセミナーは、自治体、行政などの区別なく、一般の事業者様の団体、

商工会議所、各種インバウンド集客施設など幅広い団体、事業者様のご要望にもお応えして

おります。お気軽にお尋ねください。

​セミナーの開催をお考えの皆様は開催スタイルなど相談に応じさせていただいております。

​お待たせいたしましたリリース開始

​ 第一弾 2018年4月7日

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およそ80ページから100ページのボリュームです。

 日本では最も早くからInbound Tourismにおけるハラールの調査と研究を通じ情報発信をしてきた研究所だから書ける"ネタ"が満載

基本姿勢は尊重。そして日本としては備えなければならないハラールへの取り組み。では、何が課題なのでしょう。

 "主権"と書けば重いのかな? なにか色物めいた言葉に聞こえるのかな? でも、アウトバウンドを考えた時。主権は輸出対象国であり、私たちが訪れた国に存在するのです。 政教分離の制度の下、全てが法制化されている日本にとって、主権を置き去りにしたままではお話が進みません。誰もが安心して暮らし、誰もが安心して訪れることが出来る国の姿。折角ですから一緒にイメージしてみましょう

2017年01月02日(月)

◆日経電子版"NIKKEI STYLE" ムスリムも食べられる「ハラール」ってなに~の読後感

国際観光政策研究所 理事長 鳥井 信宏(オフィシャルブログ アメブロ 異端のTourism Doctrineより転載)

◆日経電子版"NIKKEI STYLE" ムスリムも食べられる「ハラール」ってなに~の読後感

http://style.nikkei.com/article/DGXMZO10285250V01C16A2000000?channel=DF260120166489

 

さあ、皆様明けましておめでとうございます。本年の春の完全復活に向けてボチボチとこの「異端のTouris Doctrine」への掲載も多くしてまいります。もう少し良い方向にまとまれば良いのですが、残念ながら船頭多くして船山に上がる~の「例え」をご存知の諸兄もおいででしょう。いやはや、驚くことが多い今日この頃の状況。

 

さて、日経電子版の編集担当者も中々お人柄がしのばれる「タイトル」を付けてくるではありませんか!!

 

ムスリムも食べられる「ハラール」って何?

ときました。これはけして本文を解説し、判りやすくするためのタイトルではありません。

記者がヒヤリングを通じて消化しきれなかったものをタイトルとしたことが読み取れるわけです。

なぜか~簡単です。

 

記事の冒頭にイスラーム教徒たちの「厳しい戒律」を引用し、これを解説しているわけです。

失礼ながら以下引用しておきましょう。

引用部

豚肉、アルコールを口にしてはならないなど、食について厳しい戒律があるムスリム(イスラム教徒)。イスラム教の戒律によって許された食べものなどを「ハラール」と呼ぶが(許されていないものは「ハラーム」)、ムスリムの訪日客が急増している今、日本でも適切に対応しようという動きが始まっている。飲食店やおみやげの対応、ムスリムに人気のラーメンなどを調べていくと、そこには食の信頼性全体につながる大きな市場があった。

 

さて、この引用部を丁寧に扱うとするなら、記者のつけたタイトルは「面妖」いかばかりか。

ということになるのはご理解いただけるのではないでしょうか。

したがって、この記事を仕上げた記者は、明らかにヒヤリングしたターゲットの言うことが理解できなかった~

ということに通じると考えられるのです。

あたりまえです。全く理解、理解不能です。理解できるわけがありません。

記事の詳細は幾分「プロパガンダ」のにおいもしているため、また取り組みの真正をメディアを使い誘導しているようにも感じられるのでここでは割愛します。

問題なのは「最後の章立て」、■ハラールは「ムスリム"も"食べられるもの」としている行です。

 

いやいや、これは私は我が目を疑いました。なんと、ついにハラールを「エンターテイメント」にする動きが出てきたのか。

はたまた、ネタにする動きなのか。

私の妄想はこの章立てを読んだ瞬間ふくらみ続けました。同時に私を襲ったのが激しい「〇き気」「〇〇感」。

私は思わず便〇へ駆け込みました。そして、しばらくの間。私は〇〇に顔をうずめ、顔を上げることが出来なかったのです。

 

その引き金となった部分を引用しておきましょう。

http://style.nikkei.com/article/DGXMZO10285250V01C16A2000000?channel=DF260120166489

「まだ多くの誤解がありますが、ハラール商品はムスリム“が”食べるものではなくムスリム“も”食べられるもの。

他の食の禁忌を持った人の基準と重なるものもありますし、当然私たちでも食べられます。

たとえばムスリム対応最先端の台東区では、一般のお客様にもハラール商品を提供しながら、ハラールであることに全く気づかないレベルで対応をするお店も出てきています。

“ムスリム専用”にしない対応が今後の課題です」(Sさん)

このしと......ムスリムだよね。。。当然。イスラームの教えを、イスラームの道を兄弟たちとともに歩いている人でしょうね? それでなければ仰っておられることに合理性は全くないわけでございます。

ノンムスリムが「ハラール」という厳しい戒律によって「許された」食べ物を解釈するという行為は、ともすると大変な過ちでございます。

ノンムスリムである私の解釈は次のようになります。

 

「ハラールとはイスラーム教徒にとって信仰を守り、示された道を進むための大切な道しるべの一つであり、これを守る上で、道を誤ることがないよう存在するものがハラームである。国内における宗教団体はハラール認証行為を宗教行為として定めている以上、ハラールそのものは、この信仰を持たれる人々の財産であり、教義教則、道であり、宗教であり信仰そのものである」

 

「したがってノンムスリムである、私たちがこれらハラールを手にする行為は、彼らの信仰と宗教上の存在の意義を知ったうえで、謙虚に手にする必要があるだろう。同時に、これを手にすることが出来ない宗教や信仰、そしてライフスタイルを持った人々のために、ハラールの存在とハラール性は可視化することが求められ、選択の自由、消費の自由、信仰の自由を脅かすことのない取り組みに基づくべきである。

宗教上のルールに基づいて加工処理されたものを、何人たりとも不可視のなかで手にすることが無い様制度を設計することを求む」となる。

さて、大丈夫なのかムスリム諸兄。

先に示したような広めることだけを目的とし、歪曲した解釈や取り組みを進める人物の登場はけして皆さんのためにはならないだろう。これで良いのか? これが道なのか?

「ムスリム"も"たべられるもの」・・・はて、良いではないか「ムスリムが食べられるもの、そして私たちも選択することができるもの」という本来的なポジションで。基づくべきところは私たちノンムスリムが決めるべきではないのが道理である。

同時に、ハラールであることに全く気づかないレベルで対応をするお店も出てきています。というレベルで消費者を欺くが如きレベルの取り組みを放置すること自体、後々、信仰を持たれる人々にとっての負の側面となるのではないのか。

本来のあり様は本来のあり様のまま手を加えることなく見せることが最もシンプルではないだろうか。   

 

~了~

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